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うちの猫をかわいがってくれた皆さんへ

お久しぶりの書き込みです。
ここを見ている人がいるかどうかわかりませんが、みなさんお元気でしょうか?
私は元気にやってます。

今回は私についてや活動に関係したことではないですが、ちょっとご報告とお礼がいいたくて書いてます。


うちの猫をかわいがってくれた皆さんへ。

8月11日、22:53に我が家の愛猫くるみ♀は静かに永眠しました。

まずは、何らかの形で、直接なり間接なり、私がたまにWebに載せる写真を見たり、昔やっていたサイト「ネコニッキ」を楽しんでくれたり、彼女をかわいがってくれた皆さんにお礼を申し上げます。
本当に、たくさんの人にかわいがってもらいました。本当に幸せだったと思います。

本当に本当にありがとうございました。

高齢になって肝臓病も煩い、ここ3年ほど、自分からあまりご飯を食べなくなっていたので、注射器で給餌しながらのほとんどペット介護の日々でした。
夏にはかなり体調が悪くなり、毎年この暑さを越えることが必死だったので今年は越えられるかなと思っていた矢先の死でした。

数週間前から何も食べなくなり、なんとか注射器で給餌を続けていたのですが、それすらも嫌がるようになり、最後は1.4kgまで減りました。
前日くらいまでは少しは歩いていたのですが、前日の午後、私が食べようとあけたチーズ(彼女も大好物)を久々に食べたがり、2~3口一緒に食べた後から寝返りを打つ以外ほとんど起きられなくなり、当日の夕方に病院に連れて行きました。

病院では、脱水と体温もかなりぎりぎりまで下がっていて、やれることは気持ち悪さをなくすホルモン剤の注射と点滴で体力をつけさせるのみ。
対応をしてもらい、入院にするか、帰宅して次の日も通うかという選択になりました。
入院して回復するのならとも思ったのですが、その間に心臓発作などで亡くなることもあるということだったので、最後は傍で看取ってあげたいと思っていたのでつれて帰りました。

帰宅後は少し落ち着き、体温も上がった様子でしたが、その後急変し、体温がどんどん下がり、私と手をつなぎながら眠るように亡くなりました。
ぎりぎりには私が手を離すと、辛い体なのに何度も手を伸ばしてきて、つながっている手を離したくない様子でした。

夏なので、あまりかわいそうな姿になる前にと思い、亡くなった翌日にペット火葬をしてもらい、お骨になって戻ってきました。
最後に夏の花「ひまわり」と夏の間たくさん咲き続ける「日々草」で飾って、大好物の茹でたささ身とシュークリーム、鰹節とチーズを一緒に。
そして彼女へのたくさんの感謝を込めたお手紙も添えました。

13歳でした。(うちにきたのが9月なので、もしかしたら14歳になってすぐくらいかも)
人間で言えば、80~90歳近いおばあちゃん猫でした。

産まれてすぐ野良猫だった彼女は拾われて動物病院で「里親募集」されていたところが最初の出会いでした。
それから13年、本当に楽しく、私は彼女に助けられっぱなしでした。
3歳で胸のシコリが見つかり、「これは癌だから長くは生きない」と言われそれから10年、結局別の病院で悪性の癌ではなくカルシウムの塊かなにかではないかということで、
そのために胃を圧迫され食があまり太くならない以外は大きな病気や怪我もなくまったく元気に過ごしてきました。


里親募集のときも、怖がりな兄弟猫にご飯を譲ってあげたり、私と一緒にいてからは人の心を感じ取っている様子があったり、とても優しい子でした。

私は小さい頃から犬のブリーダーをしている家に育ってきたので猫を飼うのは初めてだったけど、こんなに愛らしく、いとしいものとは思いませんでした。

親と過ごす時間に近いくらい長く一緒にいました。
辛いとき、悲しいとき、いつも傍にいてくれて少しだけくっついて、じっと体温を感じさせてくれた。

彼女がいなければ今の私は本当にありません。

たかがペット、と思う人もいるかもしれませんが、小さい頃からたくさん動物を飼ってきた私ですが、彼女は格別にとても大きな存在でした。
このところ自分の体調不良であまり面倒を見切れなかった後悔もかなりあり、複雑な思いもまだまだあるのですが、最後を看取ってあげることができてよかったです。


いなくなったいまもまだ、気配を感じたり、隠れているのではないかと思ったり、ピコピコと足音が聞こえて出てくるのではないかと思ってしまったりしてしまいます。

存在があまりにも大きすぎて、私はしばらくペットロスの精神状態は続くと思いますが、現実は現実、時間が解決してゆくこと。
彼女は私の心の中でこれからもずっとずっといます。